戦略は攻撃なり

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戦略は攻撃なり

 経営戦略の思考法,沼上幹,日本経済新聞出版社,p.179-180より

 

(2)そもそも戦略とは何であろうか
しかし、その前に先ず、戦略的思考法とは何かという簡単なイメージを伝えておかなければならないだろう。というのも、おそらく多くの企業人が、「戦略」とはビジョンのことだという強い思い込みに陥っているからである。「わが社の将来像」とか「10年後のあるべき姿」が戦略そのものだと思い込んでいるということである。たしかにビジョンは戦略の重要な要素ではある。ビジョンは何年か先の到着点を書いたものである。どこに行きたいのかが、ある程度イメージできていない状況では戦略を描けないことはたしかであろう。そのため、ビジョンを描くことが戦略的思考法の中で重要であることは間違いない。
しかし、どれほど美しい言葉をならべて語られたビジョンでも、そこにいたる道筋が見えない絵空事では、単なる言葉遊びにすぎない、という点にも注意する必要がある。戦略を策定する上では、単にビジョンを描くばかりでなく、そこに到達する現実的なシナリオが必要である。ビジョンとシナリオは実際に動く戦略を構築するためのクルマの両輪であり、どちらも同程度に重要である。シナリオがなければビジョンは絵空事になり、ビジョンがなければシナリオは小手先の現実妥協策の連鎖に堕してしまうからである。だが、「両方重要だ」と言うのは「戦略的」ではない。プライオリティーを付けられるようになること、とりあえず今、どちらを優先するかを決められるようになること。これができなければ、戦略的思考を行ったとは言い難い。
戦略的思考法を身につけるという目的を達成するためには、何に集中すればよいのかを選択しなければならない。その選択を迫られるのであれば、少なくとも戦略的思考を身につける上では、シナリオの方が重要であると筆者は強調したい。シナリオが描けるようになり始めれば、志の高い人であれば、必ず優れたビジョンも描けるようになる。だから、まずシナリオを描けるようにならなければならない。しかし、現実妥当性の高いシナリオが描けるようにならなければならない。
シナリオとは何か。教科書的に応えるなら、目的と手段の連鎖が時間とともに展開されていくストーリーのことである。言葉で言うと簡単そうだが、妥当なシナリオを創るのは実に難しい。実際にシナリオを描いている企業人からは、シナリオ作成について問題を指摘されることが多い。

 
マネジメント・バイブル,ヘルムート・マウハー,岸伸久訳,ファーストプレス,p.36-37より
 
「戦略」という言葉はさまざまな意味を持つ。明確な戦略さえ持たない人たちが、方向性の欠如を隠すために、往々にしてこの言葉を使うこともある。私が考える「戦略」とは、次のようなことだ。戦略は、その企業が何を求めているのか、製品、セグメント、市場に関して、どこへ向かおうとしているのか、そしてどのように市場シェアを伸ばそうとしているのかを、何よりも指し示すものでなければならない。そして、これは投資面と執行面における長期と短期のバランスがうまくとれたものでなければならず、したがって、最も困難かつ重要な決定事項の一つと言えるだろう。別の言い方をすれば、戦略や戦略的行為は、最終的に戦争を制することを目的として組み立てられるべきもので、その場しのぎの道具ではない。このことについては、軍事戦略家から、すべてではないにしろ、多くを学ぶことができる。戦略と戦術を混同する人は多い。ドイツの偉大な軍事戦略家であるカール・フォン・クラウゼヴィッツは両者の違いを次のように述べている。「戦術は防御なり。戦略は攻撃なり。」
 
 
転生尋語 (その2) 経営戦略の思考法,沼上幹,日本経済新聞出版社,p.179-180より
 
転生尋語 (その2) 経営戦略の思考法,沼上幹,日本経済新聞出版社,p.179-180より
 
 
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