ラストワンマイルの日々

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ラストワンマイルの日々

 
あいだ
《間(インターフェイス)》に楽働のユートピアを想い描いて。

「彼は面白い人だ」「仕事なんて面白くもない」など《面白い》《面白くない》という言葉は日常よく使われますが、いったい《面白さ》とは何であり、なにが《面白さ》を感じさせるのでしょうか。哲学者の福田先生は、その著書“《面白さ》の哲学”の中で、ご自分が《面白い》という言葉をどんなふうに使っているかを、読者に知ってもらうために、「統一劇場」という劇団のために書かれた文章を再録されております。ここでは、その文章をそっくりそのまま拝借して、その文中にくりかえし使われているいくつかのキーワードを編集子の一存でそれぞれ次のようにさしかえてみました。

間にある。
これが共生機構の仕事だとおもいます。
まず、土木工学とDIYとの「間」にある。

西洋の土木工学をお手本として発達した日本の土木工学には、「専門的」なものになればなるほど、わからないとか面白くないとかいう人たちが多くなるという傾向がみとめられます。だが、土木工学は学問と同じようにほんとうは楽しいものなのです。すべての人びとが、それぞれの資質や能力に応じて親しむことができるものなのです。

この点について、共生機構の人びとは、技術開発は顧客にとってまず楽しいものでなければならないと考えているようです。だが、この顧客は自分たちといっしょに商品をつくることができる人たちであるとも考えているようです。技術開発の場合は、顧客も創造の主体である。これが、土木工学とDIYとの間に身をおく共生機構の根本的な信念になっているようにみえます。

だから、この会社の商品は技術開発と日常の仕事との「間」にある、ということにもなる。

顧客を創造の主体として尊重するということは、顧客の日常の仕事や、彼らが日常の仕事のなかでぶつかっている問題を舞台にもちこむということです。だから、誰でも土木屋として共生機構の商品を批評することができる。会社は顧客の創造的共感に支えられ、土木屋の批評にもとづいて、いっそう「いい商品」をつくってゆく。そのためには、会社の方から土木屋の人々の世界へとびこんでゆかなければならない。とくに、商品をみる機会にめぐまれない人たちのなかへ入ってゆく必要がある。これが共生機構の独自なビジネススタイルの原理になっているようにおもいます。

こういうわけで、共生機構の商品の特質を一語で規定すれば、「面白いinteresting」ということになるでしょう。ごぞんじのように、interは「間」、estは「ある」ということです。「間」は土木工学とDIYとの間、技術開発と日常の仕事との間ということでもありますが、もっと根本的には、人と人との間ということでもあるでしょう。人間にとって人間ほど面白いものはないわけです。しかし、今日ほど、人間にとって人間が面白くないものになっている時代はめずらしいのではないでしょうか。政府と国民、教師と学生、親と子との「間」に断絶があるのは常識になっているようにみえるときがあります。むろん、思想の「間」にも断絶があります。

共生機構の人たちは、この点、オプティミスト、もしくは楽天的にみえます。彼らは断絶に対しては人と人との「間」に身をおき、技術開発が人間の心をつなぎあわせるものであること、つまり、技術開発がインタレスティングな土木工学であることを立証しようとします。もっとも、彼らは、技術開発だけが「間」を埋める文化活動だなどと思いあがっているわけではありません。たとえば、教育も土木工学と日常の仕事との間、大人と若者との間をとりもつ文化活動であることに気づいて、教師や生徒とともに技術開発を育ててゆくことに心をひかれているようです。技術開発を教育のために活用することは従来もおこなわれていたことですが、教育の場がほんものの技術開発の創造の場(単なる観賞の場ではなく)になり、たまには、教師や学生がこの創造的体験によって、学園生活の面白さを見なおすことができるということになれば、これは実にすばらしいことだといわねばなりません。

しかし、「間」に身をおくということは、中途半端になるという可能性をはらんでいます。たとえば、中途半端に専門的になるというおそれをはらんでいます。これまで新しい日本の技術開発をめざした運動の多くは、会社を支える顧客を獲得すると中途半端な形で停滞してしまいました。しかし、大都市から村まで入ってゆきながら、たえず日本じゅうを動きまわっている共生機構が停滞することはないでしょう。停滞するときは、エネルギッシュに動くことをやめたときだとおもいます。

むろん、彼らの商品が中途半端なものになることはある。だが、この会社はいろいろなところに出かけ、いろいろな人たちに接することができるので、少数の人たちにしかわからぬような「土木工学」になったときには土木屋の皆さんに批判され、単なるDIYになりかけたときには技術開発を愛する人たちにきびしい批判をうけることができます。

私が共生機構の人びとを尊敬している理由のひとつは、彼らがどんな批評にも謙虚であるというところにあります。たぶん、この会社は、どんなに成長しても技術開発の専門家と素人との間を動きまわることをやめないでしょう。

 
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